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柿の木問答って何? [長く生きてりゃ・・・]

SS柿2つ.JPG

柿がうまい季節になった。
この季節は空気が澄み、寺の鐘の音も遠くまで響く。
「柿食えば・・・」ではじまる正岡子規の句は時節をうまく捉えている。
しかし、近年(大正・昭和の初期頃まで)の
民俗で、九州から東北に至る広い地域で
「柿の木問答」というのがあった。
これは理解に苦しむ。
本来は、新婚初夜の床入りの儀式として行われていたようだが、
通過儀礼のひとつ「若衆入り[かわいい]」の
夜の儀式(村の若い後家さんやおかみさんによる少年に対する実践性教育)
にも使われていたというものだ。
なぜ、柿なのか?・・・。それは、次のような口上だ。

[関西地方の場合]
男「あんたとこ、柿の木ありまっか?」
女「あるぜ」
男「よう実がなりまっか?」
女「うん、ようなる」
男「わしが上がってちぎってもええか?」
女「はよ上がってちぎってえな」
男「ほんなら、ちぎらしてもらいます~」

[関東地方ならこんな具合か・・・]
男「おめさんとこに柿の木あんか?」
女「あんよ」
男「いっぺ実がなんか?」
女「うん、なんよ」
男「おれが上がって、もじってもいいか?」
女「早く上がって、ちぎってくんろ」
男「んじゃ ちぎらしてもらうべ」

 地域によって多少語彙は違うが、内容はおなじである。こうして、もそもそ、おどおどと行動に移るらしい。
初夜の緊張のなかで途絶える会話に、この問答は、実に有効だと経験者は語っていた。

 この問答は、「若衆入り儀式」の場合、村のはずれのお堂や公会堂のなかで行われる。まず燈明をたて、般若心経を2回唱える。それがすむと西国三十三か所や坂東三十三か所などの御詠歌を合唱する。コトがすんでから再び般若心経を唱えたというから、たしかに厳粛な儀式であったようだ。

 民俗学といえば、われわれは柳田國男を思い浮かべるけれど、柳田民俗学には欠点がある、と指摘する学者がいた[かわいい]。柳田は明治以後の倫理教育的見地から常民だけの民俗学を打ち立てたが、「性と、やくざと天皇」に触れていない。たしかに「非常民」の民俗記述がないのだ。したがってこの性にかかわる問答は貴重である。
 歴史学は時の為政者・権力者側から見た記録が多くて面白くないが、民俗学は庶民の日常生活と結びついたものだけに納得できるものが多く興味が尽きない。
 
  

  日本全国をくまなく歩き「旅する巨人」といわれた庶民派民俗学者・宮本常一先生[かわいい]は、『土佐源氏』などで性民俗に触れているが、この「柿の木問答」についてはなにも語っていない。しかし、くわしく知っていたに違いない。

 先生は晩年、日本観光文化研究所(現・旅の文化研究所)の初代所長になられ、”知的な旅の創造”をスローガンに機関紙「あるくみるきく」の発刊に携わっていた。だが、当時こちらは若僧だったため同じビルの同じ7階フロアーで過ごしていたにもかかわらず、いちども会話することもなくすれ違ったことを悔いる。
 

『柿食えば 思い出すなり 柿問答』

[サッカー]

 補足説明
[かわいい]若衆入り;村の男子が15歳(ところによっては13歳)になると、大人の仲間入りの予備軍として若者集団(若衆組)に組み入れられる。ここで年上の青年や大人たちから村のしきたりや礼儀作法、大人としての責任、性についての基礎知識を学んだ。都会には遊郭があり、ここで男子は性の手ほどきをうけたが、片田舎にはないため、大人たちが相談して、実践的手ほどきをしていた。まことにおおらかな時代である。

[かわいい]「柿の木問答」は、大昔から近代まで続いた庶民(都市から離れた地方の)の民俗であった。これを世に知らしめた人物は、異端の民俗学者・赤松啓介こと栗山一夫である。

非常民の民俗学研究者赤松啓介・本名栗山一夫.jpg赤松啓介

[かわいい]宮本常一先生は、柳田國男とは異なり、漂泊民や被差別民、性などの問題を重視したため、柳田の学閥からは無視・冷遇されたが、20世紀末になって再評価の機運が高まった。柳田民俗学が個や物や地域性を出発点にしつつも、それらを捨象して日本全体に普遍化しようとする傾向が強かった。これに対し、宮本先生は、ご自身も柳田民俗学から出発しつつも、敬愛する澁澤敬三(澁澤栄一の孫)氏の奨めで生活用具や技術に関心を寄せ、民具学という新たな領域を築いた。単なる調査収集だけではなく、行く先々で、「村おこし」(地域振興)を実践した。われわれがTVや劇場でよく見る周防猿回しの芸や佐渡の鬼太鼓座を世に広めたのもかれのアドバイスによるものだ。
 生涯にわたり日本各地をフィールドワークし続け、膨大な記録を残した。 宮本先生の民俗学は非常に幅が広い。
1966年(昭和41年) -日本観光文化研究所(現・旅の文化研究所)をKNT本社ビル7階に開設。初代所長に就任し、後進の育成にあたる。1967年(昭和42年) - 雑誌「あるくみるきく」創刊。

「旅する巨人」民俗学者・宮本常一先生.jpg宮本常一

宮本常一書籍.jpg

宮本常一の関連書籍を一部並べてみた

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タグ:民俗
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コメント 4

般若坊

柿木問答・・・初めて聞きました。初夜のぎこちなさを破る問答で、実戦向きなんですね・・・ ^^
by 般若坊 (2014-11-03 22:26) 

旅爺さん

爺も昔は柿もぎって食べたっけな~♪ 甘くてんまがったな~・・・・・笑
by 旅爺さん (2014-11-04 07:07) 

冨田


 いいお話です。 昔からいい智慧習慣を持っていたのですね・・・。

 今の若い人達が聞いたら何と言うでしょうかね・・・。

 柿はそこのコンビニでも売っているよ・・・。???

 自分では気がつかないが、凄い人とすれ違っているようですね。
by 冨田 (2014-11-05 09:53) 

nona

おもしろい習慣があったのですね。
興味深く読ませていただきました (*‘∀‘*)
でも、そういう時に、この会話をしているのって
なんだか変な感じがします。
日本人の奥ゆかしさゆえなのでしょうか。

by nona (2014-11-06 22:15) 

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